快適だったブルゴスのホテルから、早朝に出て歩く。

さぁ、巡礼生活の再開。しばらくすると、また左膝が痛くなってきた。1日オフで休んだとはいえ、痛みが回復したわけではなかった。またハードな日々が待っているのに・・・。もともと、左足が外に向いている癖がある。まっすぐに意識して歩いてみたり、内またになってみたり、どうしたら負担が少なくなるか歩きながら探る。

途中、何度も強烈に痛くなり、座って休む。何人もの巡礼者達に追い越され、彼らは見えなくなっていく。ちょっと焦りそうになるが、ムリせずマイペースを心がけながら歩いた。街に出たら、やはりどこかで膝サポーターを買おう。

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体が不調だと、心にまで響く。ハイテンションの日もあったが、今日はトーンが下がりぎみ。バイオリズムで言うと、底まで下降しているところ。

そしてこんな思いに囚われる。
カミーノを全て歩ききることが、はたして正解なのだろうか?できるだけ歩こうと考えている。そこに、どんな意味があるのだろうか?

ブルゴスまで一区切り歩けた、もうそれでいいじゃないか。キム&カンのように、バスを使ってゆるゆる行って、サリアからのラスト100キロを歩けば巡礼証明書ももらえる。サリアから歩いては?そんな思いに駆られた。だが、この弱音は疲れている証拠。

長距離バスに乗れるような場所でもなかったので、ひたすら歩いた。そして、大都会のブルゴスとは似つかない、小さな田舎の村に到着した。

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バルが経営している、私設アルベルゲを見つけて入ってみた。今日の宿だ。かなりの人数の巡礼者がすでにいて、バルの前のテーブル席で飲み物を注文して寛いでいる。

バルのアルベルゲ受付で並んだ。すると、アメリカ人の20代の女の子がカウンターで友達とビールを飲んでいて、私が日本人と分かるとなんと!日本語で気さくに話しかけてきた。「私はニュージャージーから、友達と来ました」「私の住んでいるところはこんな風に何もない牧場ばかりの田舎です」と、彼女の流暢な日本語に感激した。

どうして日本語を話せるの?と聞くと、「日本語はアメリカの高校で学びました」と、教科書から脱け出したような正統な日本語。久々の日本語に出会えるとは!しかもアメリカ人から!! 

そしてもう一人、アルベルゲに着いてゆっくりしていたら、ここまでの道中、道ですれ違ってお互い東洋系だったので少し言葉を交わしたジューンと再会。彼女もアメリカ人で、私と歳は近い。韓国人なのだが、アメリカに留学してアメリカ人と結婚して、今はカルフォルニアのベイサイドに住んでいるという。

カミーノは面白いもので、タイミングで出会う人のグループが変わる。ブルゴスに2泊したことで、また人のグループが変わった。これからどうなるのか楽しみになってきた!